ぶどう畑の葡萄作り(77):母の死

 2020年2月29日のぶどう畑です.明るく暖かい気持ちのいい日です.弦はまだ残っていますが,全く問題ありません.

 母は正月明けの1月6日から風邪をひいたようなのですが,1月13日,母の具合が悪いとデイ・ケアから連絡があり,祭日でしたが救急車を呼んでもらって病院を探して貰いました.なかなか見つからず結局山梨厚生病院に運んでもらいそこで合流しました.担当は外科の若い医師でしたが,MRIを撮って脳梗塞がないということだけで,「医学的に問題ないのでお帰りください」と言われました.そんなこと言っても明らかにいつもとは様子がおかしいと,家内もデイケアの方々3人も主張して,「これは社会的入院です」「他にベッドを必要としている人がいる」「医療経済的に問題がある」「医学的根拠がない」とまで言われましたが,ケアマネジャーまで含めて是非入院をと頑張ってくれたので,それでは1日入院して明日は塩山市民病院に移るということで決着しました.
 ところが,翌日,迎えに行ってみると昨夜高熱が出ました,このままここで数日入院して塩山の方に移ってはどうですかと言われ,内心「昨日の診断は何だったのか?」と思いましたが,とにかくその医師は全く信頼ができず,早く出たかったので,その朝のうちに塩山市民病院に転院させ,院長先生が診てくださいました.そこからは,当初,1~2週間の治療で退院という見込みでしたが,敗血症のため白血球が減少し,1月27日19時前に亡くなりました.厚生病院の若い医師とは大違いで,院長はたいへん丁寧に診て下さり,適切な処置をしてくださり,感謝しています.ずっと母の糖尿を診てくださった方で,社会活動もされている立派な医師で信頼していました,その意味で母の最期は幸せだったと思います.最期の日は,小沢先生が口腔内を綺麗にして下さり,さっぱりしただろうと思っていたところに,病院から急変の知らせで駆けつけました.大雪が予想されていた日で,兄も妹も来ることができず,結局,私と家内で看取りました.1月30日に山梨市のアピオで告別式を行い,お骨を勝沼教会に納めました.81歳でした.死因ははっきりしていてコロナではありません,念のため.

 その母の四十九日を3月7日に予定したのですが,2月27日に総理大臣が,コロナウィルス流行のため,全国一斉休校の指示を出し,社会的にも飲食を伴う会合は控えるようにという嫌な雰囲気になりましたので,昨日,分骨をするつもりだったお寺に相談に行き,延期ということにさせて貰いました.法事は年寄りが集まりますので万全を期そうと思ったからです.このひと月は,入試もあって,そんなこんなで疲弊し,1週間前から腰痛(左太もも)もあって,何となく冴えないスタートですが,何があっても助けてくれる人,心配してくれる人がたくさんいるので,本当に有難いと思っています.無理をしているわけではなく,その点は恵まれていると素直に思います.IMG_6125.JPG

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