癌,入院,手術~宮下啓三先生のこと.

小さい時に,家の前を通る旧国道20号線で,車にはねられたことがあります.ごく軽傷でしたが,救急車に乗り,大事をとって病院に一泊しました.それ以来,両親や兄妹,妻子の入院はありましたが,私自身は特に大病をせずに過ごすことができました.しかし,まさに,晴天の霹靂というのでしょうか,この5月から6月にかけて,8日間の入院,手術をしました.昨年から経過観察していた甲状腺腫瘍を塩山市民病院でFNA検査をしたところ,悪性のものだとわかったからです.

いわゆる甲状腺癌ですが,担当してくださった主治医(山梨大学医学部名誉教授で,甲状腺治療の日本的な権威です)によれば,私の甲状腺腫瘍は,悪性とは言っても性質の良い乳頭癌で,根治する可能性がとても高いものなのだそうです.知らずに寿命まで持ち続ける人もいるようなものだそうですが,やはり癌であることは確かですので狂暴化することもあり,切除が必要ということでした.その主治医の友人で,やはり甲状腺治療においてはとても評判の高い外科医の管理で5月30日に,市立甲府病院で手術を受けることにしました.

私の母親は36年前に42歳で亡くなりました.胃癌でした.当時の癌はまさに死病で,本人にはひた隠しでした.しかし,本人は途中からわかっていたようで「お母さんは癌かもしれないね」と,病床に付き添いながら勉強をしていた中学生の私に漏らしたことがあります.本当に答えにつまった覚えがあります.父は,12年前,70歳の時,肺に腺癌が見つかりました.余命2年と言われましたが,手術後の体力低下が甚だしく,3ヶ月後に,心不全で朝方病室で倒れて,そのまま亡くなりました.私は,ずっと病院の医療ミスだと思っています.

両親の癌体験がありましたので,最初に告知を受けた時はとてもショックでした.もちろん,私の場合は,癌の性質は大人しいし,早期発見でむしろ幸運だったし,ガン保険は手厚く入っていましたので,両親のケースとは全く違います.それでも,頭では理解できても,精神的な不安が強く,友人のホームドクターに軽い精神安定剤を処方して貰いました.スーザン・ソンタグが慧眼にも指摘したように,病というのは,医学的意味を超えて,社会的,文化的,精神的領域にまで浸潤し,意味を変えて個人の心理に循環的に戻ってくるのです.

そんな折,私が尊敬し,たいへん可愛がっていただいたドイツ演劇の泰斗である宮下啓三先生(慶應義塾大学名誉教授)が5月6日に胆管癌で逝去されました.先生とは,大学院,学部の演劇史の授業を共担させていただきました.「共担」というのは,二人で一緒に教室に行って交互に,時には対話形式で授業をする形式です.これは私にとって,最高の演劇史の勉強であり,教師としての「研修」だったと思っています.先生は,最良のハンドアウトの作り方,最も有効な試験の行い方,映像資料の適切な長さまで懇切丁寧に伝授してくださいました.

宮下先生は,自分が根治不能の胆管癌であることを一年前に慶應義塾大学病院で告知され,すでに始められていた蔵書の整理を加速されました.私宛に,千田是也,河竹登志夫はじめ交友のあった演劇人,演劇学者の献辞が入った本や資料,未完成の演劇史の草稿を何回も送ってくださり,あわせて,長文の手紙を何通も下さいました.その度に,形見分けを先にいただいているようで辛かったのですが,先生は貴重な蔵書を送る時にも,必ず間にクッキーの缶も一緒に入れてくださるような方でした.先生の精神の強さに本当に敬服しました.

宮下先生が癌で亡くなられたことで,私は先生のものとは比較にならないほど軽い,小さなビー玉のような自分の癌を相対化することができ,心の平安を保つことができたと思っています.麻酔からさめてうとうとしている間,頻繁に先生のことを思い浮かべました.私の手術は無事に終わり,まだ少し喉は痛いですが,声さえ元に戻れば,今週末には授業に復帰できるでしょう.他の部分はいたって元気です.6月4日朝,無事退院しました.家に帰って,メールと郵便を整理した後,少し眠りました.

家内には,自分の学会発表も重なっていたところにたいへんな心配をかけてしまい,申し訳なく思っています.手術直後は流石に辛かったですが,おかげで,何の心配もなく,研究のこと,生活のことをゆったりと考え,大好きな『ナルニア国物語』と『純粋理性批判』を交互に読みながら体を休める一週間を過ごさせていただきました.

写真は,2012年5月10日,日本基督教団藤沢教会で行われた宮下啓三先生葬送礼拝の折のものです.
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この記事へのコメント

マックス、フリィシュ
2013年01月03日 13:35
慶應大学独文科で、宮下先生ご指導のもと、卒論を仕上げ卒業。友人からの年賀状で、遅ればせながら訃報を知りました。心からご冥福を申し上げ、学生の授業、など懐かしく思い起こしております。

癌は、気持ちの有様に左右されますので、前向きにご活躍れますよう陰ながらおうえんさせていただきます。ブログ有難うございました。

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    Excerpt: 癌,入院,手術~宮下啓三先生のこと. 人生は演劇,世界は舞台~小菅隼人のブログ/ウェブリブログ Weblog: フェラガモ 店舗 racked: 2013-07-03 10:07